城内を血で汚さぬ為の殿中武芸

忠臣蔵…今の若い人達には、あまりピンと来ないかも知れませんが、元禄時代に江戸城内で、浅野内匠頭(赤穂藩主)が吉良上野介に斬り掛かり、其の罪を問われて切腹させられたのに、相手の吉良上野介は、お咎め無し…と云う不公平な幕府の処分に怒った家臣(赤穂浪士)達が吉良邸を襲って、主君の仇討ちを果たした事件です。

こうした事件等を背景に、いかに戦国の世が終わり、平和な時代になったとはいえ、もしも、城内に於いて、乱心者、狼藉者が現れる様な事態が生じた場合、城内を血で汚すこと無く、乱暴者を武器を使わず、取り抑えられる技術、技法が必要だとの認識が益々深まり、いよいよ「殿中武芸」が発達して行ったとの説が有ります。

この殿中武芸こそが、合気道のルーツ大東流合気柔術だと伝えられます。

既に〝血を流す事なく〟と云う平和的な考え方が、うかがえます。いわゆる〝無刀の位〟です。

つまり、城内勤めの上級武士が素養として身に付けるべく体系づけられて来た武術と云う訳ですから、当然、ある程度の年齢に達した家老クラスの武士が修得できる様に工夫がこらされています。合気道を中高年の方が始めるのに遅いと云う事の無い所以です。

合気道に、こめられた平和的な哲理。現代の上級武士たる皆さんに、お勧めです。是非お越し下さい!

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