プロの自覚

私が子供の頃、相撲界は栃錦と若乃花と云う二人の互角のライバル横綱が競い合う栃若時代と呼ばれる黄金期にありました。プロレスの力道山と共に格闘技ファンのみならず、当時の多くの日本の国民をテレビの前に釘付けにした英雄達です。

さて、ある新人の若いスポーツ記者が相撲担当を命じられ、横綱栃錦に頼み事をして来い…と、上司から言われました。

それは優勝した横綱がフランスのパリに招待される事となったので、当時まだまだ珍しかったヨーロッパ旅行の感想を栃錦に書いて貰えと云うものでした。

新米記者の青年は、おそるおそる横綱にお願いしました。ところが、栃錦が、いともあっさり「いいよ!」と答え、承諾してくれたものですから逆にビックリ。ありがたかったのですが、あまりにも簡単にOKしてくれて、すぐに他の記者と別の話を始めてしまったものですから、念押しする訳にもいきません。本当に横綱は旅行記を書いてくれるのだろうか?記者は気が気ではありませんでした。

栃錦は帰国すると、記者を見つけ、声を掛けて来て、手帳をわたしながら言いました「色んな場所へ連れて行ってもらったから、感心した事やら、考えさせられた事やらを、思い付くままに書きしるしてきた。まとまりの無い文章になってしまったが、君が上手にまとめてくれ。君はプロだろ?」と、にっこり。手帳はびっしり文字で埋め尽くされていました。

横綱のフランス旅日記は大好評、大評判になりました。

記者が栃錦と親しくなってから「あの時は新米記者の自分の頼みをよく引き受けてくれたね?」と、当時の事を振り返って話題にすると、栃錦は「俺は親方に叱られたんだよ」と、思い出話を披露してくれました。

ある時、インタビューを受けた栃錦は記者がピント外れな質問を続けるので、ムッとして、ついつい無愛想な受け答えをしてしまったのです。仕度部屋に戻って付け人相手に「人に物を聞くなら、ちったあ相撲の事を勉強してから来やがれ!ってんだ」と、憤慨していると、春日野親方の雷が落とされました。

「栃錦!おめえは、とんでもねえ勘違いをしているぞ!おめえが相手をしているのは、その物を知らねえ記者さんじゃねえんだ!その記者さんを通して、おめえの話を聞く何千、何万のお客さん、相撲ファンの皆さんなんだよ。その記者さんが相撲の事を知らなけりゃ、おめえが相撲の面白さ、素晴らしさを教えてやらんかい。おめえは相撲界の看板、スター力士じゃねえか」

スポーツ記者の後ろに存在する多くのファン!それを常に意識して語れ…プロの自覚を持て…と云う教え。

栃木山と云う栃錦の師匠も相撲の歴史を飾る名横綱でした。

これは、合気道にも言える事です。世の中には合気道を知らない人の方が圧倒的に多いのです。中にはピント外れな事、失礼な事を聞く人もいるかも知れません。しかし、そんなことに、いちいち腹を立てず、合気道の素晴らしさを世に伝えるのは、合気道有段者の大切な役目です。

いつでも、合気道の素晴らしさを伝えられる様に、表現力、コミュニケィション能力も磨いておきましょうね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次